とっていいのは写真だけ 残していいのは足あとだけ 世界一周の足あと

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ネパールからインドへ!そしてもう今晩ヨルダンへ(笑)

今晩、すでにインドを出国します

確か、前回ブログはネパール入りだったのですが、ここ10日ほどかなりのハイペースで旅をすすめており、インドも駆け抜けて終了しました。そのため、ブログ更新の時間がなく、、、ちょっと久々の更新ですが、、、ネパール後半とインド楽しめました~☆毎回ながら、まとめていきます


ネパールのカトマンドゥより、バスで6時間ほどで、湖と山脈が眺められるポカラという(ネパールのリゾート地みたいな?)に向かいました。

これまた、ハプニング続きで、その向かう日は日曜。そして、その行きしなにラフティングをする予約をいれていたのですが。。。。

その昨晩、なんだか政党のもめごと?話し合いが?あり?あぶないので?国内の長距離バスを全面ストップと命令がおりた?みたいな内容を話していた。


それは困る!!と、夏季休暇の残り10日のフランス人ジョアンが。


しかし、確かに、たくさんの外国人が道路でバスが来なく困っていた。


3時間遅れで、警察の許可を取った、スペシャルバスで何とか出発!残念ながらラフティングはキャンセル

ポカラについても、次はローカルバスがストライキしていると。
ここは、ネパール。そんなことも日常である。


ようやくポカラについて、時間もないので、その日にそっこう近くに山の上にある寺院に登る。


かなりの傾斜をジョアンはハイペースで進む。私は付いていくのに必死(笑)
歳を感じてしまいました


でも、1時間ほどがんばって昇った寺院の景色と、ポカラの街が一望でき、すごくきれいな眺めが見れました。
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翌朝は、サンライズを見に、早朝5時から頑張って往復4時間ほどのサランコットという山頂に登りました。
残念ながら、ネパールも雨期で、朝日はそこまで見れず。。
ジョアンは、みんなが行く道でない道を、アドベンチャーだと言って突き進みます(笑)
たまに道の細さに不安になるのですが、彼が道関係で間違えたことはないので、私はすべて任せ付いていきます。
久々のトレッキングを楽しんで、その日中に、ネパールとインドの国境の町、スノウリへ!



スノウリから1時間ほどいったところに、ルンピニという街があり、そこはブッダが生まれた場所として多くの巡礼者が訪れます。
私たちも、午前中、少しそこへ向かい、プリンセスがブッダを産み落とした木を拝んで、いざ、インドへ!
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ネパール総評は、私個人的には好きで、もっとゆくりしたかったし、もっとトレッキングやラフティングなど楽しみたかったな。。。
そして、ネパールは乾季がお勧め!
アンナプルナやヒマラヤ山脈なども乾季のほうがきれい


いよいよ、国境越えなのですが。
国境越えのスノウリルートは、ここ最近バックパッカーの間で、マオリストが(やくざ?山賊みたいな)多発しており、バスが襲われていると、もっぱら言われていた。
ただ、回り道している時間もないので、私たちは、襲われた時様に、ポケットにお金を少々入れ、国境越えして、さらにローカルバスに乗り込む。
構えたけれど、何も起こらなかった(笑)
ローカルバスだからか、運がよかったのか。
ただ、カトマンドゥで会った人も、このルート通った人は全員マオリストにお金を盗られたらしいので。。。



そのまま、電車に乗り換え、一気に夜行列車でガンジス川で有名なバラナシへ!
そこで、宿を取り、一泊して、その日はお寺周りをしました。モンキーテンプル、そのまんま、さるだらけなお寺とか(笑)あと、よかったのは、サラナスという、ブッダが初めて教えを説いた場所のお寺。
ちょっと神秘的で、これで、三大仏跡の二大制覇
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翌朝は、雨がやんだあと、ガンジス川を眺めるボートに乗る。
沐浴や火葬場など1時間ほど眺め、終了。
バラナシのガンジス川の一部だけ南から北へ川が流れており、天国へ昇るイメージから、全インドから巡礼者が祈りと、悪いことをした罪を清めるためここに多くくる。
洗濯もここで。まだ雨期でこれはきれいな方と言われた、なるほど。。。洗濯していったいきれいになるのか疑問が残った。が、つっこまなかった(笑)
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なぜか、その時期、母と姉から同じ内容のメールが。
「ガンジス川に入るなよ」とのこと。
さすがに入りませんよ。入った人は必ず、かなりの不調をきたすので、チャレンジしたい人はぜひ。。

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またまた夜行列車で移動。
次は、かの有名なタージマハルがあるアグラーへ!
インドの夜行寝台列車はちょっと楽しい。
外国人はある程度固められる(危ないからか?)すると、そこはかなりの国際的な状況となる。
イタリア語、スペイン語、フランス語、あとはわからないが、ヨーロッパや南米諸国、中東出身といろんな国からの旅人がともに夜を過ごし、いろいろな語学が飛び交う。そして、みなでの会話は英語で。
寝台列車は、夜行バスより快適でおすすめ。
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そして、アグラー到着して、そっこう、タージマハルと、アグラー城へ。
アグラーは確かに、きれいだった。神秘的な白で、王が愛する妻のために国家が傾くほどの予算をつぎ込んだという墓。
次はアグラー城へ。これまた大きく立派。
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そして、これまたかけあしで、そのままジャイプールという街へ、夜中のバスで移動。
夜行バスは汚くて、ちょっときびしめ。。。


ジャイプールの町では、オールドシティというところに、バザール(市場)がたくさんあり、彼はお土産さがし。
その後オールドシティの中心にあるシティパレスというマハラジャの昔のお城へ。
とても、インドとは思えない、キレイな内装と外装。
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ジョアンがかなりインド人に見えるので、彼はインド人価格で入場可能なのである(笑)
時に、私たちは、、イタリア人やフランス人などのツアーに潜り込んで入場したり。
インドで、何をやっているのか。少し反省。。

そして、最終空港があるデリーへ。

最後の晩餐を、彼はスマートにお会計を済ましており、見かけはインド人に見えるが、中身はやはりフランス人で、常に道は道路側を歩くし、乗り物や、レストランに入ると、私を先に通してくれるし、インドもネパールも交通がひどい。道を渡るときは常に私に注意してくれる。
本当に、自然に紳士的です。


ジョアンとの2週間近くの旅。外国の人と旅なんて、初体験だし、私の英語力にもまだまだ問題があり、困ることもたくさんあるし、文化や性格の違いもあるし。
けれど、楽しかったし、よい経験になった。
別れ後は、妙にさみしくなり、日本人宿へ移った(笑)
彼もまた、別れの時は、いろんなことに気をつけなさいと、メールを送るんだよと、半ば父親か兄のようになっていた(笑)
ジョアンは、そのままバンコク経由で働いているベトナムへ。
彼に大変感謝です


インドは、好き嫌いがはっきりわかれるとか、どんな温和な人でも必ずきれるとか。いろいろ言われるが。
彼がインド人に見えるのもあるのか、話せばとてもフレンドリーだし、いい人にあたったのか、親切だった。


私と彼のタイトスケジュールにより、本当につまみぐいでかけぬけたインドでしたが、それなりに楽しめました

そんな、こんなで、今晩空港へ、そしてヨルダンとエジプトをとりあえず通り、4日後にケニアを経由してウガンダへ。
アフリカのスケジュールが終わった後、中東はゆっくりします。


なんだか、小学生の夏休み日記みたいになっているが、このブログ大丈夫だろうか。。。
もう少し面白くかけるよう、努力します(笑)

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ネパール入り!

ネパールに入りました!!

残暑お見舞い申し上げます


といっても、あれからまたトラブル発生で。
なんと、バンコクから空港に向かったら、ネパール航空がキャンセルで飛ばないと


天気と言っていたが、横のインド人は、メンテナンスか客席が空いているから飛ばないと言い張っていた。

ネパール航空が手配したホテルに連れて行かれ、そこに一泊。
まあ、タダで中級ホテル+二食付きなので、まあいっかと思いつつ、ネパール航空はこんなんがしょっちゅうで採算取れるのかと思いつつ就寝。

次の日、無事、タイ国際航空でフライト。タイ国際航空はレベルが高い!
最後は、ランの花の小さな花束までプレゼントがあるぐらい



そして、トラブル続きの末、ようやくネパール入国!


3日ほど、カトマンドゥに宿泊しながら、観光を回りました。
世界遺産でもあるカトマンドゥの街。

メタル地区から歩いていける、タルバール広場。
幸運にも、生き女神KUMARIの少女を見ることができた。
初潮をむかえていない少女が生き神として神に仕え、その舘からほとんど出ないらしい。
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そして、スワヤンブナート。
これは、ちょっとした山の上に寺院があり、けっこうハードな階段を上ると、カトマンドゥが一望できる景色と、きれいな寺院が現れる。
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そして、市内バスを使い、古都パタンの街へ。
バスは、あちこちいろんな種類が走っているので、とりあえず、行きたいとこを聞いて乗り込む。
しかも、発車は人が満席になったらでるという、アバウトさ(笑)
建物も、街も風情がありよかった。
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最後は、バスをけっこう乗り、バクタプルの街へ、これまた世界遺産。
ここでは、物乞いの少年二人が付いてきて、後半はもうガイドをしてくれた。
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寺院もよかったし、その街の小道に入っていくのもすごく雰囲気がある。
次のジブリの映画の舞台に推薦してみたい。



ネパールはおもしろい。
小さい店がたくさん、人も建物も、物もたくさんごちゃごちゃしている。
いろんな国の文化が入っている。中国・インド・チベット・少しアンコール朝風な気もした。

どこかノスタルジックで、どこか懐かしい。そんな国。私は好きだな~


交通だけが難点。ここ数年の急激な車やバイクの普及で、空気がカトマンドゥはひどく悪い。
一晩で喉が痛くなるほど。

ネパールは男の人が社会的には強いらしい。
女の人は結婚するまで、タバコも酒もダメ。
結婚してもカンボジアのように尻に敷くタイプでもなく、一昔前の日本のよう。
子どもと一緒にいる女の人をよく見かける。

そして、話しかけるとネパールの人はとってもいい人
しかも、美人だよ~!
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そんな、こんなで、明日カトマンドゥを出て、ポカラという7時間ぐらい西にいった町に行きます。

なんせ、予定が押してます。ので、ゆっくりしたいけど先を急ごう。


あと二週間で、ネパール抜けて、インド抜けて、ヨルダン・エジプト駆け足でいったん抜けて、ケニア経由で今月末にウガンダ入りをするという、タイトなスケジュール


とらぶった、ネパール航空から一緒の40歳の旅慣れた日本人のおじさんと、インド人顔の紳士なフランス人と最近は一緒です。

どうやら、インド抜けるまでの10日ほど、フランス人と一緒な感じ(笑)
英語がんばろう。。

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あと、ネパールはネパール式紅茶がおいしいよ!
少しジンジャーが聞いてて、一日二杯ぐらい飲んでる


今、切実にほしいもの、一つ。

方位磁石。

方向音痴は、旅には不利です
カンボジアで一緒だった、幼馴染三人で世界一周している男の子に、酒弱い、方向音痴、しょっちゅうつまずく、それでよく宿探せるねって。
反論の余地なしです。

まあ、鍛えるしかない!(笑)

ネパールに行けず。。

タイに到着、その夜。。。。


みぞおちの下あたりの、痛みが激しく。
でも、翌日、寝袋の下にひくマットとか、いろいろ探しにいかなければいけないので、痛み止め飲んで、ウィークエンドマーケットに向かった。

しかし。。。。


マーケットに着いたら、もうピークで。痛みと、具合悪いのと、立ちくらみでで立ってられもしない。
ちょうど、カンボジアで一緒だった日本人2人と一緒だったので、そのままバンコク病院へ連れて行ってくれ。


お医者さんに診てもらうと。。

「胃腸炎か盲腸炎です」



「盲腸だったら、薬で治りますか?」

「手術です」




とりあえず、薬を出してくれて、それがきかなければもう一度きてほしいと、それであれば盲腸のせんだという。


しかし、その翌日はネパールに昼の便で飛ぶ予定だった。

先生には、今はだめですと、ドクターストップがかかり、数日様子をみることにしました。

とりあえず、二日様子見て、症状は和らいでいるので、たぶん前者だったのかな。

疲れがでたのか、なんなのか、本当気をつけよう。


というわけで、ネパール行は日時をずらせるか、取り直しか、月曜カオサンの旅行代理店にかけあい、スケジュール調整。


しばし、タイにて静養します。
でも、もうけっこういいから、大丈夫。


私、本当に、今月末にはアフリカに入っているのだろうか。。(笑)
いや、入りますよ。

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カンボジア 後半

カンボジアにきて、早2週間ほど。明日の朝一のバスで、国境を越えタイのバンコクに戻ります。
後半をざっと、書き記してみます。少し長文です。
今日の後半は少し辛口文章もまじります。


プノンペンに向かうまでの3~4日は、カンボジアの子どもたちに会いにいっていました
残念ながら、公立小学校は夏休みに入るので、私立の小学校に向かい、低学年の授業参観に2日ほど行っておりました。アポなしで向かったにも関わらず、快く受け入れてくれた先生に感謝。そして、人なつっこくしゃべりかけてくれた児童たちに感謝です。
カンボジアの授業はとってもオープン。休み時間は、本当に思いっきり遊ぶし、授業中はおやつを食べながら受ける児童も多い、近所のおばさん?みたいな人が教室に入ってきて先生と雑談。そんな中、授業は進みます。低学年なので、読み書きが中心。午前中に通う児童と午後に通う児童と2部制。先生の威厳は日本より感じ、挨拶や声を出すことは小さいながらびしっと行います。
「ASAMI」「ASAMI」と連呼してくる児童たち。夕方は雨なので、それも遊びに変えてしまい、おかげで、私は連日どろどろでゲストハウスに帰ります

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2日学校に通った次の日、午後にマザーテレサの孤児院を訪れました。
これはシェムリアップの中心からすごく近く、オールドマーケットの川沿いをオールドマーケットを背にして右側を行くと、教会があり、そこで場所を尋ねると連れて行ってくれます。青い門の孤児院で、看板も何もありません。中には、1歳ぐらいの子から10歳ぐらいの子まで、けっこう小さい子が多いです。中には、障害のある子もあり、シスターとお手伝いのお姉さんたちがいます。外人の人もいて、同じように旅行者でここに訪れていた感じでした。
孤児院なので、様々な理由で親元から離れた子たちですが、元気いっぱいでとても人なつっこく飛びついてきます。カンボジアでは、孤児はまだまだめずらしくはなく、貧しい地域になると、被害者になる子どもは多いといいます。
いつも、被害者は子どもで、加害者は一番近い家族です。
 
夜には、カンボジアの遊園地に繰り出しました!
確かに、遊園地っぽく、観覧車や、ミニジェットコースターや風船割りなど、楽しそうに皆遊んでいました。
私たちは、屋台で焼き鳥やエビをビールを片手に楽しんだあと、いざ観覧車へ乗り込む。
これが、めっちゃ早いの、回転が(笑)
たぶん5分もないけど、8回転ぐらい回ってた(笑)おもしろいカンボジア初体験でした。
一回45円ぐらい、カンボジアにお越しの際はぜひ



一日、こちらのカンボジア人の友達に会いに行きました。彼女は昔、私が学生の頃に携わっていたNGOの現地スタッフをしていた人で、とても明るく笑顔がステキな人です。
彼女の家にも連れて行ってくれて、これまた久々に会う、パパとママと11人の兄弟はとっても元気で、もう兄弟の子どもまで産まれて、にぎやかでした

しばらく、汗だく、泥だらけな毎日を過ごし、カンボジアの首都プノンペンに向かいました。
ここでの目的は、「KURATA PEPPER」の倉田社長にお会いすることと博物館。
バスで6時間ほど行き、プノンペンへ。ゲストハウスは有名なCAPITOLへ宿泊。プノンペンは少し宿代が高い中、ここはシングル4ドルで、かつ廊下には防犯カメラもあり、まあまあしっかりしている。
翌日、朝一にプノンペンにある「KURATA PEPPER」のお店に向かう。多忙な毎日の倉田さん、そんな中、面会の時間をいただき、いろいろお話も伺えました。
私が、倉田さんを訪ねたいと思った理由は、カンボジアで日本人と言えば、多くが「学校」「子ども」といったことに携わっている人が多い。そんな中、倉田さんはそうではなく、産業に携わっている。世界最高級のカンボジアの胡椒を復活させたといわれる方です。
ポル・ポト後の1992年、NGOとしてカンボジアに入り、胡椒の会社を設立し、今に至る。
「学校を作ることも大事だが、では、子どもたちが育った時、仕事があるのか、産業があるのか」そう語ってくださった倉田さん。私も同感である。
食物は豊富なので、食べていくだけならやっていける。しかし、教育や医療。
この国では、無償の制度はないので、どうしてもお金が必要となってくる。残念ながら、今の政府はそういった方面で動こうとはしていない。
プノンペンを走る車はレクサスだらけ。外資系の人がほとんどらしい。レクサス1台がトヨタの普通車に変われば、学校など2~3個建ってしまう。しかし、カンボジアにいる外資の人たちは、カンボジアのために働いてはいない。カンボジアを食い物にしているほうが強い。カンボジアの人たちも、もっと自国のために動いていくことも必要だし、倉田さん自身も、外人である自分がいつまでもやるのではなく、カンボジアの人々がその手でやっていってほしいと、話してくださいました。
個人的に、胡椒はすごく好きで、2袋購入。
これ、本当に美味しい。知人もこの胡椒をしている人は、全員絶賛なので、楽しみにしていが、本当に美味しい。ネットでも買えるので、日本に帰っても買いそうな勢い。
興味のある人はぜひ。
http://www.ksline-cambodia.com/
http://plaza.rakuten.co.jp/ksline/
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午後は、トゥルースレン博物館へ。1975年から1979年のポル・ポト政権下で、反革命分子とみなされた、知識人や技術者、農民などのべ2万人がここに収容され拷問の末虐殺された。独房や収容所がそのまま残されており、当時の雰囲気ともに写真などの展示物がある。カンボジアといえばアンコールアッとが有名で、どちらかというと、こういったものやプノンペンはスルーされがちだが、こうしたものを見て、知ることもすごく大事だと感じた。
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用事を済ませ、寂しくなり、三日でシェムリに帰ってきました(笑)

帰って、一日、また小学校への再訪と、地雷などで手足を失った人たちのリハビリセンターへ訪問。スポンサーはベルギーNPO団体だそう。
意外にも、どこにも外国人はおらず、スタッフも、義足の技師も、先生もすべてがカンボジア人による施設で、少し印象が違った。
リハビリ代だけでなく、義足も無料で提供し、子どもは成長すると義足が小さくなるので、また新しく作る。それも無償で提供しているとのこと。一昔前は、毎月250人がこの施設にかけこんできたそうだ。
一生懸命、リハビリを行う子どもや大人たちは、その後レストランや、農業などいろいろな職に就いていくと教えてくださった。

色々、見て考えた2週間。

4年ぶりに訪れたカンボジア。今なお、「カンボジア 学校」などのキーワードがあふれていた。その一方、空き校舎も目立つ。では、なぜ、日本人がこれだけたくさん学校を作り、カンボジアの政府はそれ以上に着手しないのか(建てていないわけではないが)。そこに、たぶん、答えがある。
現地でこんな話も、あった。日本人のNGO団体が井戸を掘った。しかし、その後井戸からヒ素が検出され、16個の井戸はすぐに埋められた。それを団体には報告できないでいる現地の人々もいる。逆に、日本の学生たちが学校建設に数百万を集め、現地のNGOに寄付した。しかし、新しい校舎は建たず、既存の校舎の修復に留まった。では、残りのお金はどこに消えたのか。
そんな、ことばかりではけしてないが、調査や、その前後のフォローがいかに大事か。
良くも悪くも、この国は外国が関わっていることが異常に多い。
そして、いつまでも、あげる、してあげる、そんなことは、カンボジアの人のためにならないと思った。
1993年に国家が設立し、今年で18年目に入ろうとしている。一国が成長するにはそろそろ十分な月日も経とうとしている。

土地も、建物も、自然も、社会も経済も、カンボジアの人々のものである。
それ以上でもそれ以下でもない。そう強く感じた。


明日、朝一バンコクへ。

すでにゲストハウスのスタッフと晩ご飯を食べている時点で少し、泣きそう(笑)
学生のころと違い、頻繁にこれないのがわかっているからか、なんだかすごくさみしい。
たくさんのことを教えてくれたカンボジアを後に、再び旅を続けていきます

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カンボジアと色々

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色々してたら、すっかりカンボジアに入り1週間が経っていました(笑)


これまた、四年ぶりのカンボジア。
シェムリアップは、街並がだいぶまた変化していて、大きいホテル、立派なスーパー、西洋人向けなカフェレストラン。
ここに来ると、なんだか、変わることの難しさより、変わらないことの難しさを痛感する。

この1週間は、これまた5年ぶりぐらいにアンコール遺跡を回ったり、こちらの知り合いに会いに行ったり、日本人も多いので、20代半ばから後半メンバーで観光や飲みに行ったり、楽しく過ごしています。
上はアンコールワット。残念ながら、天気が悪く、サンライズはきれいに見えませんでしたが。よかったです。
下は、シェムリから、バスを4時間ほど乗り継いでいくプレビヒア。
タイの国境沿いの山の上の遺跡で頂上から眺める景色は本当にきれいだった。
観光客もまだ少なく、えらい急な山道を4駆の荷台に乗りこみ登るのもおもしろい。

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久々にみたアンコール遺跡群は、修復作業は行っている様子だが、昔見た時に比べだいぶ崩れかかっている部分が多い印象でした。

事件もいろいろ。
一緒にバンコクからシェムリに入った男性が一人、デング熱にかかって、病院に駆け込んだ。
入院も3~4日なり、けっこうつらそう。
最初の病院がインターナショナルホスピタルに行ったのだが、かなり立派なホテル。
ただ、海外保険に入ってないと、一泊入院が、なんと1000~2000ドル?!


みなさん、海外旅行は必ず入ったほうがいいですよ。


そんなばたばたがあった後、少し気が抜けたのか半日ほどダウンしてましたが、すぐに復活
体調管理はほんとうに気をつけよう。


最近事件もちらほら。
25日にはタイのバンコク中心部で爆破。1人死亡。
伊勢丹の前のバス停だ。下院補欠選挙とも言われてはいるが関係性はあきらかになっていない。

つい先日の今月7月11日、ウガンダの首都カンパラの飲食店で70人以上が死亡する連続爆発テロが起きた。翌日に犯行声明を出したのは、ソマリアのイスラム武装勢力アルシャバブだ。
AU派兵をしているウガンダに対してのテロ。今後も続ける可能性がある。

ウガンダは8月末に入る予定で、カンパラにも2~3日は滞在するので、バンコクにしろ、ウガンダにしろ、より注意と情報の収集を気をつけなければいけない。

カンボジアでも3日前。裁判の判決が初めて下された。


いろんな、動きがあり、それを日本にいる時より、より敏感に反応し、より現実味がずしりとくる。
無事に帰るといろんな人に言ってきたので、無事に帰りたいと思う。


ただ、シェムリは平和で、穏やかな日常が流れている毎日。
あと2~3日したら、プノンペンに向かい、またシェムリに戻る予定です。

まだ行くところも、会う人もあるので、無理しすぎず、残りのカンボジアを満喫します
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